夜ご飯のときに限った話しだけど、うちは大抵食後にプリンを食べる。西浦メンバーの中で1年のプリン消費量が余裕でトップだと思うくらいに頻繁だ。それは必ずお母さんの手作りのプリンで、市販のものはあまり口にしたことがない。
いつものようにお風呂あがりに冷蔵庫の戸を開けて、他のものを掻き分けてプリンを探しだした。
「…あっ!最後の1個だ!姉ぇちゃん食べ過ぎ!太るぞ!」
お母さんに姉は今いないと言われ、たった今解き放った文句はただの独り言に姿を変えた。今日は特別ぼんやりしている日なので、姉がいるかいないかも気にならなかったのだと思う。
「わがままなのは十分わかってる。でも、聞いて」
プリンを一口ほおばったら、甘味と共に今日の昼休みに言われたフレーズが食道をするする通った。そしてまた一口ほおばると、
「やっぱり文貴が好き。もう一度、私と付き合って下さい」
今度ははっきりと頭に言葉が鳴った。その言葉はオレの気分をよくはさせなかった。
「文貴、ちゃんと学校でもらったプリント出しなさいよ」
なんだかよくわからないふわふわした世界へ旅立つ準備が整ったところだったけれど、旅は延期となった。カバンから「第5回保護者会のお知らせ」を取り出し机に出して置いた。
食べ掛けのプリンをお供に自分の部屋に戻り、電気をつけると乾いた空気が流れた。その空気に水を与えようとお気に入りのアーティストのCDをコンポの中に入れた。アップテンポな曲が流れ出し、今のぐちゃぐちゃな心境とあまりにミスマッチだった。コンポのスイッチを切るか切らないか一瞬迷って、めんどうになって考えることを止めた。そして考え始めたのは、昔とても好きだった彼女のコト。
どれくらい前かは確かに覚えてはないけれど、オレはーのことを諦めた。ーに振られてからずいぶんと根拠強くアタックしたけれどてんでダメだった。嫌いになろうと試みたこともあった。でもその行為はーにどれだけのめり込んでいるかの確認となってしまった。無意味な行為だった。ーという人間に嫌いなところが見つからなかった。
なんとなく携帯を開くと考えが浮かんだ。2回だけボタンを押して、あいつの携帯を鳴らした。
「はい、どうした?」
あまり電話などしないので、オレからの呼び出しに珍しいものを見たかのような声だった。
「ごめん。今平気?」
「別に平気だけどさ」
泉はいつもと変わらない調子で言った。オレも負けないように、落ち着いた調子で言った。
「ーに、寄りを戻そうって言われた」
「…はぁ?マジ?」
「マジ」
泉の体内にじわじわと驚きが染み込んでいく経過が携帯の奥から感じられた。そ
れが全て染みわたったあと、当たり前な質問を投げてきた。
「で、お前は何て言ったんだよ」
そりゃ、聞くわな。なんて思いながら
「14日までに考えてって言われたから何にも答えてない」
と言った。あの男から心のこもった「めんどくせぇー!!」を聞くことができた。
前置きが終わり本題へ突入すると、当人であるオレより前のめりになって話し始めた。
「つかあんだけアタックして振り向かないで今かよって感じだよな。お前相当しつこかったじゃん?知らないかもしんねェけど、お前ちょっとしつこさで有名になりつつあったんだぜ。んで、そろそろまずいと思ったオレらが止めた訳よ」
「えぇー…。普通その事実この状況で伝えるかぁ?」
「この状況って、今のお前の状況わかんないし」
そういえばそうだった。どういう相談なのか、根本的なことを言ってない。
「まぁご存知の通り、昔は凄く好きだった。たぶん今まで好きになった人の中でも一番のめり込んでたと思う。けど、振られたあとのアタックしまくってた時のはね除けでだいぶ傷ついたし…諦めるって決心して、最近やっと諦められたのに今?みたいな」
「でもお前しつこかったしなぁー。あれは嫌がられてもしょうがないっちゃーしょうがないと思うけど」
「うん…オレって嫌な性格してるよね」
確かにオレはしつこかったと思う。自分で言うのだから相当だと思う。メールもしたし電話もした。会いに行ったりもした。初めはもう一度ーの心をこちらに向かわせたい一心で、オレの心は真夏の噴射花火のように燃え上がっていた。しかし夏は終わり、噴射花火の火は消えていった。そしてただ一言の言葉を求めるようになった。別れを決めた理由が聞きたかった。あまりに唐突な別れだったので理由を聞きたかった。とても普通だと思う。でも果てしなく女々しいと自分の中の誰かが呆れかえったけれど、表に出ている自分はずいぶん頑張っていた。
結局、自分の中の誰かが力ずくで止めにかかった。そして最後まで理由はわからなかった。
「あのさ、別れた理由ってまだ知らないの?」
「知るわけないだろ!ってか、むしろ知らないってわかってるだろ!?」
そう、責めるような口調で言うと珍しくごもり始めた。
「あー…マジかよ。…理由、さぁ、オレに聞くのがいい?本人に聞くのがいい?」
「なんで知ってるの!?」
返事は、深いため息の後に聞こえた。
「知らないの、たぶんお前だけ」
ショックだった。たぶん泉はショックを受けているのはわかっている。でも話しを続けた。
「『文貴には言わないで』って言っててさ。最初は女子の内輪だけだったんだけど。まあそんなものすぐに広まるだろ?」
「なんで、えぇー…」
「うーん、やっぱり本人から聞くか?」
「…そうする」
最後にお礼の言葉を添えて、電話を切った。お気に入りのCDが終盤を向かえていることを知った。そして、とてもとても好きだった「ー」を押して、耳に携帯をあてた。3回くらいベルが鳴ったあと、あのいとおしいと感じてやまなかった柔らかい声が聞こえた。
「はい」
心臓が鈍い音を鳴らした。
緊張が体を廻った。
涙腺が少しだけ緩んだ。
「いま平気?」
やっと喉から言葉が絞り出た。ほんの短い間だったけど、絞り出すのにとても時間がかかった気がした。
「平気だよ。電話ありがとう。嬉しい」
本当にオレはビビりだと思う。口の中がカラカラだった。砂漠化もいいとこだ。何か言わなきゃ、と思ってもそうそう良い言葉は見つけだせない。挙げ句の果てには電話の用件を忘れてしまった。正直自分でも驚いた。急いで頭の中の引き出しを片っ端から開け閉めすると見つかったけど、その頃には向こうから話し始めてしまった。
「あのね、前に別れた理由なんだけど、聞いて。今さらでごめんね。文貴は部活ばっかりで、寂しくなったの。それにメールしたくても電話したくても、迷惑なんじゃないかって思って。そうしたら、私って一体何なんだろう?って思ったの。寂しいばっかりで、もう嫌だって思ってしまったの。前に私が別れようって言ったこと、文貴のメールも何もかも無視したこと、本当に後悔してる。今になってどれくらい大事な存在だったか気づいたの」
流れるメロディーのような言葉たちを1つ1つ大事に聞いた。メロディーに乗って今までの思い出が瞼の裏に映し出され、感動した。知りたかった理由と思い出がちょうど重なって、オレに届いた。
これからオレたちはどんな未来を歩むだろう。瞼の裏に映らないかと目を閉じた。当然なにも映らないし、見えたのは謎の無数の光。そして思った。何にせよこんな状態は今日で終しまいだ。
「あのさ、」
いい加減終わりにしようよ
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