スピーカーから流れるチャイムが四時間目の終了を知らせる。それを耳にしてすぐに自販機の前に来たのに、すでにボタンには赤い「売り切れ」の文字が光っていた。
なんで今日に限ってねェんだよ!
おもわず、ガラスの向こうにある「飲むヨーグルト」の文字を恨めしげに睨んだ。
結局何も買わずに、教室に戻った。弁当を喰うときのいつものメンバーが一つの机にもう集まってた。オレもそこに座ると、向かいに座ってる田島の手に「飲むヨーグルト」の紙パックを見つけた。それを浜田に見せながら満面の笑みで田島が話した。
「今日コレ最後の1個だった!オレが押したら売り切れになったんだ!スゴくね?」
オマエか…!
三橋が隣で相変わらずつっかかりながら、「す、ごい!」とか言って田島を見ていた。オレの視線が右手に集中してるのに気付いたのか、田島が「泉も飲むか?」って飲みかけを差し出してきた。でもオレは、「いや、いい。」と断ってメシを喰いだした。別にオレが飲みたくて『ソレ』が欲しかったんじゃない。
一週間ぐらい前にケンカした(つーかあっちが勝手に怒ってんだけどな)幼馴染の顔を思い出した。
今回のケンカの原因は、なんとなく思い立って変えたオレのメアド。いつもなら、メアドをわざわざ変えるなんて、そんなめんどくせェことしないけど。にメアド変えたってメールを送り忘れた。その次の日の昼休み、は泣きそうな顔(泣きそうってか鬼気としたかんじ)をしながら9組の教室に現れた。教室中に響くんじゃねェかってくらいでっかい声で喋りだした。あんまでっかい声だすなよ。三橋びびってるし。空気読めっつーの。コイツの悪い癖だ。ボリュームってもんを考えないで話す。
「こーすけぇー!!メアド変えた!?
昨日メール送ったら『使用されていません』って返ってきたぁ〜!!」
言われて初めて「そーいや、送ってなかったかも…」と気付いた。口に出さなかったけど、この幼馴染には表情で読み取られたらしい。空気読むのは下手なくせに、オレの表情読み取ることはできんのか。
「今、思い出したんでしょう!ひどっ!」
「別に、メールってくだらねーことだろ?」
大体、コイツの送ってくるメールは「チロルチョコの新作でた。」とか「マックシェイクおいしい。」とかだ。よく考えたら食いモンばっかじゃねーかよ。オレの言葉に「何だと!失礼な!」って反論してから、いつものようににとっての『ケンカ宣言』をした。
「孝介の…孝介の・・・あほぉぉぉぉお!!」
毎回「あほ。」か「ばか。」のどっちかを叫びながらダッシュで去っていく。もう少しボキャブラリー増やせよ。もう、この『宣言』にはとっくに慣れたけど。
いつからか、こうやってケンカすると毎回オレが飲むヨーグルトを買って持っていくようになった。は飲むヨーグルトが大好きらしい。前に、「海が飲むヨーグルトで出来てればいいのに。」ってぼやいてるのを聞いた。アホだと思った。「水道管から飲むヨーグルトが出るように法律つくってくれないかな。」ってのも言ってたな。オレが言いたいのはがアホだってことじゃなくて(実際アホだけど)そのくらい飲むヨーグルトが好きだっていうことだ。だからはどんなに怒っててもヨーグルトを持っていけばすぐに機嫌が直る。
フツウに言えば単純。すっげェよく言えば素直だ。でもこの場合は単純だと思う。しかも現金なヤツ。
だから昼休みに買ってさっさと渡して機嫌直させよーとした訳だ。売り切れで買えなかったけどな。メシを食い終わるころには、明日でいいか。という考えが浮かんでいた。でも、6時間目の移動教室のときに廊下の向こうからが来るのが見えたとき、やっぱり今日にしとくか。と思った。周りの女子と笑いながら話してるけど、オレに気付くとムッとした顔をして目線をそらした。ガキかよ。
それだけだったら、まだいい。すれちがったあと、ちらっと振り返ると、背中を丸めて歩いているのが見えた。あれは相当へこんでるときだ。めんどくせェな。と思いながら、頭では一番近いコンビニまで何分かかるか計算していた。
今日はミーティングだから、終わってすぐに行けば間に合うか?
は帰宅部のくせして大体、他の女子と学校に居座ってる。日によって二時間以上いたり、十分ぐらいだったり。
ミーティングの最中も廊下で見た、丸まった背中を思い出して、花井の声もモモカンの声も頭に入らなかった。なんで、オレこんな焦ってんだ。多分、無意識に時計を見てたからか、隣の阿部が訊いてきた。
「何か、今日用事あんの?」
「いや、別に」
「ふぅん」
口に出してないけど、阿部が顔で「落ち着きねェな」って言ってるのがわかった。ホント何焦ってんだよ…。なんか情けねェな、オレ。花井のミーティング終了の言葉を聞いたと同時にカバンを持って立ち上がった。田島の「泉、もー帰んのー?」って声に「おー」とだけ答えて走り出した。後ろで阿部が「やっぱ用あんじゃん」って言ってた気がするけど聞こえないふりした。
太陽が照りつけるアスファルトを全速力を走る。すっげぇ汗かいたけど廊下ですれちがったを思い出すと、止まれない気がした。通行人とすれ違って、青と白の看板へ向かって走った。自動ドアが開いた瞬間に冷たい空気が顔に当る。天井から吹く涼しい風が汗を冷やしていく。今日は暑いって言ってもここまで汗だくのヤツは流石にいない。レジに立ってる店員も「いらっしゃいませ」と言いながら、ジロジロ見てきた。店員の視線を無視して、弁当の横の棚に向かって早足で歩く。『飲むヨーグルト』が青い文字で書いてある紙パックを取ってレジに持って行った。
教室にはが一人で残っていた。残っていたというか、寝てる。細かく言えば机の上に数学のプリントが置いてあるから自習か補習かだったんだろう。その途中で寝ちゃったのか、それとも自らの意思で寝たのか。コイツの場合飽きて寝たってこともありえる。
「おい、」
「んー…」
声を掛けながら肩を揺する。は目をつぶったまま眉をよせてうなってる。
一回寝ると起きねェんだよなぁ。
「寝てんなよ」
「んぁ…。あ。孝介。」
「あ。じゃねぇよ。何寝てんだよ」
「えへ。飽きた。」
へらって笑いながら起きあがってきた。やっぱり飽きて寝たのか。オレの手にある紙パックを見て、が目を輝かして叫んだ。
「私の王子様!!」
「ヨーグルトが?」
やっぱコイツ、アホだ。それを手渡すとまるで宝物みたいに(にとっては宝物かもしれないけど)手で包みこんでいた。ホント単純なヤツ。
「この世界に飲むヨーグルトがあって、ホントによかったなーと思うわけなんですよ。
しかもそれが、自分の学校の自販機で売ってるなんて奇跡以外の何物でもないよね」
「ばーか。いちいち大袈裟なんだよ」
「えぇーそうかなぁ」
ヨーグルト如きで奇跡かよ。相変わらず訳の分からない根拠で語りだす。
しかもそれはオレがわざわざコンビニまで行って買ってきたんだぞ。自販機で売ってたんじゃねェよ。
言ってやりてー気もしたけど、それだとオレが必死だと思われそうだからやめた。はストローを銀のまるの部分にぷすっとさして、満足そうに笑いながら飲み始めた。すると急に何か思い付いたように、ストローから口を離し、笑顔でこう言った。
やっぱコイツの思考回路訳わかんねェ…。
「でもさっ、今こうやって孝介と居るのも奇跡だよねっ」
「っ、いちいち大袈裟だっつーの」
「孝介、真っ赤〜」
オレの横顔を覗くように見て、けらけら可笑しそうに笑った。人の顔覗いて笑うって…趣味悪りぃ…。
でも、その笑ってるとこ見て、コンビニまで走った甲斐があった。とか思ってるオレも、どーかしてる。
ヨ ー グ ル ト!
(それは仲直りの為の魔法の道具)
あとがき。
ヒロインちゃんに振り回される泉くんです。
でも本人はそこまで振り回されてると思ってなさそうです。
それにしても泉くんみたいな幼馴染がいたら大変です。
泉くんを見て育ったら、他の男になんて恋できません。
そしてどーでもいい話ですが、私は飲むヨーグルト、あんまり好きじゃないです。←