料理の一つもできないようじゃあ、女失格だろう。
と思い、選択教科は家庭科にしてみた。
今はあの頃の自分をぶん殴ってやりたい。
「家庭科だぁーるい…」
「はいはい。置いてくよー?」
同じ家庭科にした友達はもともと料理はできるし
見た目はかわいい部類に入る。ずるいぞ畜生…。
先週企画を立てたので今日は調理実習。
みんな花柄やチェックのエプロンを身につけ、腕をまくって作業に取り掛かる。
私もエプロンを身に着けた。後ろでリボン結びするのがどうも苦手なので、
ボタンで留めるタイプのやつ。
「ショートケーキってさ、買って食べるもんじゃない?」
「いい加減うっさいよ、もう」
「しーませぇん」
反省の色をまったく感じさせない返事をわざと返す。おまけに変顔つき。
スパンと頭を叩かれ小麦粉をこぼしそうになった。
スポンジなんて生まれてこの方焼いたことはない。
我が母は料理が神的にへたなので、
お菓子なんて家で作った事がないのは当たり前なのです。
と、いう言い訳に逃れながらココまで来た。
ガショガショと数種類の粉と卵をかき混ぜる。
おぉ、黄色い液体になってきた。砂糖も入っているので試しになめてみると
甘くておいしかった。「おいしー」と呟いている私に気づいた先生は
「体にわるいからよしなさい!」と舐めた指先を自分のエプロンで拭いてくれた。
一通りの作業を終えて、やっとの思いで型に生地を流し込んだ。
オーブンへ突っ込み焼けるのを待つ。あー、しんどかった。
よろよろと流し場へ足を運ぶ。そこには大戦争の静けさが漂っていた。
洗い物を片付けている間に、先ほど突っ込んだ物は
黄色い液体からスポンジへと変身し始めていた。
「見て!膨らんでる!」
「どれどれー?おっスポンジらしくなってるじゃん」
嬉しくなって、気合入れてペカペカ光る銀色のボールを拭いた。
すべての洗い物を片付けた時と、スポンジの焼き上がりを示す音が
私の耳に届いたのは丁度同じ頃だった。
オーブンを開けるとたちまち良い匂いが調理室を包んだ。
スポンジを冷ましながら、生クリームをあわ立てる。
電動泡だて器を開発した人に乾杯。
次に苺などのフルーツを切り刻み、デコレーション開始。
これでも美術はクラス一なので、この分野は任せろ!
それぞれケーキが完成し、一斉にエプロンを脱いだ。
さぁ、やっと試食。見た目はいいけど味は予想不可能だな。
一切れ切り分けて、席につく。そして、恐る恐る口に運ぶ。
「…?」
なんだろう、このパサつき。
もう一口食べてみる。
「あぁー…。微妙だ」
微妙だった。とてもとても微妙だった。
反応の取りずらいパサつき加減が笑えた。
しかめっ面になったとき、何か視線を感じた。
それは開けっ放しにされていたドアからだった。
そこには同じクラスの阿部と花井と水谷の姿が。
視線を送っているのは水谷。
その視線の先は紛れもなく私が片手にしているケーキだった。
物凄く欲しそうにしている。…犬か?あいつは。
なんだかそのキラキラした視線に負けて、ついに話かけた。
「ケーキ、好き?」
「っ!!うん!
生クリーム大好き!」
またもや、負けた。
一切れ切り分けて、奴に手渡した。
嬉しそうにしている水谷を呆れ顔で阿部は見ていた。
そういや野球部トリオは理科を選択しているはずだ。
何で理科なんて選択するんだろう…私にゃ意味がわかりません。
理科はもう終わったんだろうな。あの先生結構適当なところあるし早く終わったんだろう。
とか考えてるうちに水谷の口の中には私のパサつきケーキが入っていた。
「ん!」と目を見開く水谷。あーあ、あげなきゃよかった。さすがに恥ずかしいよ。
「んめぇー」
驚いた。びっくりした。
マジですか、味覚大丈夫ですか。
思いっきり顔に出ていたからか、もう一度目を見て言ってくれた。
「うまいよ!」
うわぁ、びっくりだよ本当に。
こんな反応が返ってくるとは…。
にへらぁっと笑った顔が子供っぽかった。
「うまいのか、それ。
スポンジ空洞ばっかじゃん。
見た目でパサついてんのわかるぜ」
「うるさいっ
ケーキ様に謝れ!」
あはは…私にでなくて?
と思っていると「阿部は嫌な奴だから大丈夫だ」と花井が言ってくれた。
それに怒って、すたこら行ってしまった阿部を追いかける水谷と花井。
水谷の手には紙皿がしっかりと握られていた。
そこには私が作ったパサつきケーキが堂々と腰を下ろしている。
阿部に追いついた時、水谷がこちらを振り向いた。
「ー!」
「はーい?」
「あんがとー」
手の代わりにフォークを何回か振って、前を向きなおした。
あのパサつきケーキがどんどん口に運ばれているのが後ろからでもわかった。
ぎゅうっと、服を握る。
しわの寄りやすいその服の生地は
あっというまにしわしわに衰えてしまった。
悔しい。何か、悔しい。
生クリームが大好きで
生クリームだったら何でも良いみたいな単純な男に
私は、自信がないケーキを
ただ誉めてくれたというだけの単純な理由で
惚れてしまった。
単純な男、単純な私。