記念すべき新年の1日目、私はケータイの着信音によって起こされた。今更あけおめメール?それなら12時ぴったりとは言わないけど、その時間帯に送るべきでしょ。こんな時間にメールすんなよ。着信音から逃げるように掛け布団に頭まで潜って唸っているうちに、ケータイはぴたりと沈黙した。メールを送ってきた誰かには悪いけど、気づかなかったふりして朝に返信しよう。そんなことを頭の隅で考えながら、睡眠を再開しようとすると、またケータイが鳴り出した。
「あーもう、うるっさい!」
枕元にあるケータイを乱暴に掴んで画面を見ると、ケータイを鳴らしていたのはメールじゃなくて、通話のほうだと気付いた。
着信履歴 1/1 6:35
水谷文貴
ピッという音のあとに、機嫌の悪さを隠そうともしないで、いつもより1オクターブ低い声でそっけない二文字だけ口にした。
「なに?」
それに気づいてないのか、気付いてながらわざとなのか、朝からなんとも気の抜ける明るい声で文貴が喋り出す。文貴のことだから本当に気付いてないんだろうな…。へらっと笑った顔が目に浮かんだ。
「ぁ、起きてた。出ないからやっぱ寝てるかなーって思ってたんだけど」
「寝てたよ。寝てたけど文貴が電話したきたせいで起きちゃったんです!」
「ぁ、ゴメンね…?」
少し焦ったような謝罪の言葉。この人は、私と違ってなんいうか…素直?うん、それだ。素直なのだ。「ありがとう」とか「ゴメン」とかって言葉を余計なことを考えずに、ちゃんと言える。私には、できない。でも、できないからこそ、そういうところは「すごいな」って尊敬するし、好きなところの一つだといえると思う。朝から「好き」とか何言ってんだ私。まだ寝ぼけてるかも。
「ー?怒ってる…?」
急に黙り込んでしまったから、文貴がおそるおそるといったように、私の機嫌を伺う。実際は、考え事をしていただけだし、なんだか好きだと再確認させられてしまった私は全然怒る気もなくいた。正直な話、元々怒ってなんかいないけど。画面を見て、誰からの電話か分かった途端嬉しく思ったのは、恥ずかしいけど、自分でもわかってる。
「別に、怒ってないよ。それよりどーしたの?いきなり電話なんて」
怒ってない、というと電話の向こうで「なんだ、よかったぁ」と小さく聞こえた。そして、すぐに文貴のテンションは復活したみたいで、弾んだ声で私に問いかけた。
「あのさ!今から外出れる?」
「ぇ、外?」
「うん、外!」
相変わらずいきなりだなぁ。でも、年明けは、ほぼ寝正月の私に、この時間帯に予定なんて入ってるわけもないので、二つ返事で了承した。
「今から着替えるけど、どこに行けばいいの?」
「今、ん家の下いっから!」
「えぇっ!?」
窓を開けて下を覗くと、まだ薄暗いなかに、自転車に跨って、ケータイを握っている右手をケータイごと大きく振っている文貴がいた。ケータイがあるにもかかわらず、私は文貴に向かって大声で返事をした。
「今行く!!」
タンスから、一番お気に入りのワンピースを引っ張り出してきて、今までないくらいのスピードで着替えた。鏡の前に立つと右の横の髪が変に跳ねているのに気づいたけど、時間がないから、とりあえず白のニット帽を被って隠すことにした。玄関に向かおうとすると、私の騒音で目を覚ましたお母さんが「どっか行くの?」と聞いてきたのに対し、ブーツを履きながら、「うん、多分すぐ帰ってくる!」と返した。お母さんの「気をつけてねー」とアクビまじりの声を背中に聞きながらドアを開けた。
「おはよう、」
「おはようっ」
にかっと笑った文貴の言葉に、同じように返すと、音と共に白い息が目の前の空気に溶けた。息をする度、冷たい澄んだ空気が体に取り込まれて、なんだか、体が綺麗になっていくように感じた。文貴は少しだけ自転車を進ませると、ペダルに片足をかけた。
「後ろ乗って」
スカートで来るんじゃなかった。これじゃ跨げない。失敗したなぁ、なんて考えながら、仕方なく両足を揃えて、横向きにに乗った。文貴は私が乗れたと確認すると、ゆっくり進み出した。そういえば、どこに行くか聞くの忘れてた。お互い前を向いているのと、風の音のせいで声が聞こえづらかったから、近距離にかかわらず、私たちはバカみたいに大きな声で話した。
「どこいくの!?」
「え!?何て言った!?」
「どこに!行くの!?」
「丘!!」
「おか!?何ソレ!」
「言ってなかったっけ!?初日の出見に行く!」
「聞いてない!」
初日の出なんて小学生以来だよ。まさか高校生にもなって見に行くとは思わなかった…。丘、日の出、自転車。妙な既視感を覚えた。そして、ほんの数日前にテレビで見た映画を思い出した。多分こないだ年末シアターとかでやった某スタジオジブ○の映画でも見たんだろうな。なんか女の子がカントリーロード歌うやつ。まったく、本当に影響されやすいなぁ…。
文貴が目指している場所は、丘といってもそんなに高いところでもなく、急な坂もあまりなかった。それでも、後ろに一人乗せてる訳だから相当きついはずだ。本人は意地でも認めなかったけど。
「ふーみーきー。私降りたほうがよくない?」
「平気!余裕っ!」
余裕って割には声が大分キツそうだったけど、それ以上は聞かないようにした。
坂を上りきったころには、文貴はすっかり肩で息をしていて、頬も寒さのせいだけじゃなく、真っ赤だった。「疲れたぁー」と荒い呼吸と共に吐き出している文貴に「やっぱ疲れたんでしょ?」と少しからかい口調で言ったのに、「うん。ちょっと意地張った」とへらっと笑った。ホントに素直。おもわず呆れたように笑ってしまった。笑った私を見て文貴は更に、今度はへらってかんじじゃなくて、優しく笑った。そして、私の目を見ると、その顔から笑みが消えて、急に真剣な眼差しになった。鼓動が一気に早くなって、息が詰まった。怖くなるほど、真剣な顔で、心臓に痛みを感じるほど。
「!オレと結婚してくれないか!?」
酸欠状態のような頭に、年末シアターの映画のワンシーンがよぎった。男の子が女の子にプロポーズをするシーン。まさか、と思った。でもあの映画を思い出した時から、少し期待していた。
「…そんときに文貴が経済的に安定してたらね」
「おまえ…夢ねーこと言うよなぁ…」
さっきまでの真剣な顔はどこへやら、今度はちょっといじけた顔をしている。私は朝焼けを見るふりをして、文貴から見えないように、顔を背けた。何を言われるかはなんとなくは分かっていたのに。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。嬉しくて、嬉しくて涙が出そうだった。
でも、その言葉に素直に『嬉しい』って言えなかった。
それに、言いたくなかった。結婚できるまでにはまだ何年もあるし、それまでお互いがお互いを好きである確証なんてどこにもないから。文貴のことだから、今だって、大真面目なんだろうけど、もっとちゃんと本気で考えてくれた時にまた言ってほしい。その時までには、私も素直に『嬉しい』って言えるぐらいには成長しておくから。
「文貴、今年もよろしく。」
そう言いながら、まっすぐ朝焼けだけを見ながら、自分の右手でそっと文貴の左手を握った。文貴は驚いたようにこっち見た気がしたけど、すぐに視線を目の前の空に戻し、私の右手を優しく握り返した。
「…今年もよろしく、。」