おにぎりが入った袋を片手に、生い茂る草木を掻き分けた。
「くそ…どこにいるんだ、ゆらぁ」
オレは山奥で1人きりで修行している妹のゆらへ、今の技量を見るべく(昼飯を届けるのはついで。むしろ渡さなくてもいい)歩みを進めていた。
何を思ったか、いつもの場所にいない妹を探して数分、イライラしはじめて数分経ったとき生き物がいる気配がした。ゆらか?
「…っ!人…、人だ…」
ーーーゆらじゃない。
小さく響く綺麗な声が聞こえた。
声の鳴る方へ進むと、女が立っていた。とろけそうな白の肌に、綺麗な着物をきちんと着こなし、すべてが1つの“もの”としてまとまっている外見。
まるで、人形、みたいだ。
女は警戒心丸出しな大きな目でぐりっとこちらを覗いてきた。たじろいでしまう。
なぜだか圧倒され、息がしづらい。心臓が機能していることがよく理解できた。
「…お前は誰だ。こんな山奥でなにやってんだ」
「ごめ…ん、なさい。私はもう先の長くない母と2人で先日この山に越してきたものです」
まだ警戒心は解けていないらしく、掌は固く握られていた。女は続けて、若いころ母が暮らしていた家がまだあったので、空気も綺麗だし、母の一番楽しかったころの場所で暮らそうと思ったものですから、とつけ加えて言った。
「…そうか。最近はこの辺りも物騒になったから、この山以外出るんじゃねぇぞ」
そう忠告し、その場を去った。女の顔は一気にきょとんとした間抜けな表情へと変わった。
途中、ゆらを見つけ昼飯を叩きつけた。
「名前を聞かなかったからだ。そう、そうだ」
ぶつぶつ唱えながら、次の日もオレは草木を掻き分けていた。ゆらが修行している反対側の方向だから、誰かに見られたら、どこに行ったんだなんて聞かれて面倒だ。たまったもんじゃない。山へ行く理由は“妹に昼飯を届けるため”であって、ましてや“昨日、初めて会った女に会うため”だなんて言えたものか。
いや、違う、名前を聞きに行くためだ。会いになんか行かない。
乱雑に生い茂る雑草を踏みつけていると、
「あ、昨日の…」
黒い人。とぽつりと漏らして、昨日の女は同じ場所に立っていた。
「今日も来ると思ってました。嬉しい…っ」
昨日丸出しだった警戒心は、いまは皆無なようだ。
「なんで来ると思ってたんだよ。…別に会いに来たわけじゃないさ。昨日、名前聞かなかったから」
「ごめんなさい!私は…です。あなたは?」
オレが次に名乗ると、素敵な名前ね。とふわりと笑った。
なんだ、こいつは。物腰といい喋り方といい、恥ずかしくないのか。こっちの方が恥ずかしい。
「竜二さんはなにを持っているのですか?」
「ああ、ゆ…、妹の昼飯」
「へぇ、妹さんがいるの!」
ぱあっと晴れ渡るように嬉しそうな表情になった直後に、聞いたこともないようなテノールの腹の虫の声色が聞こえた。
その日から少しの期間、オレとは同じ時間の同じ場所で会い、昼飯を届けてやるようになった。この山も昔よりは木の実などが取れなくなったので、援助している。そして、いつも少しだけ他愛もない会話をし合った。
「陰陽師?」
「そう、陰陽師。妖怪の居ない世の中に変えるのが仕事だ」
「へぇー、凄いのね竜二さんは。立派ね」
時間としてはそんなに長くないが、ゆらを含めたこちらの家族の話、の家族の話、他に何を話したかぱっと思い出すことが難しいくらい、どうでもいい会話を繰り返した。
あの日は、いつもの時間にいつも通り着いたのには来なかった。
嫌な予感がした。
はその後3日間、姿を見せなかった。静まりかえったいつもの風景に、嫌な風が通る。なにかあったのだろうか。それとも…これからなにか起きるのか?
姿を見なくなってから4日目の昼飯時に、花開院の玄関の方角から、掃除をしていた使用人が叫び声をあげた。
「妖怪が…妖怪が出たぞーっ!」
「騒ぐな!どうせ小妖怪だろう、恥ずかしい真似すんな」
オレはそう怒鳴り人を掻き分け前へ出た。
ーーーーなるほど、小妖怪だ。
姿を確認すると、妖怪側は一目散に逃げ出した。その場で滅することも当然できたが、オレはその妖怪を追いかけ、走った。
妖怪は山へ逃げ込んだ。いつもオレとが会っている場所に着いたところで、追い詰めることができた。
「妖怪の姿になれば、もうちょっと早く逃げれんじゃないのか?」
『妖怪』と言ってもその姿をしていない。なぜかこのばかは妖怪の姿になって逃げなかった。
「あなたに…見てほしくないから、妖怪の姿を…」
そう、妖怪、
ーーーーいや、は言った。
「知ってたんですか。私が妖怪ってことを」
知っていた。
が妖怪だってことを。
くらい弱い妖怪が人間の姿に変わっていたからって、すぐにわかる。だから自分でも不思議だった。なぜこいつを滅することができない?むしろ毎日会い、愉快に会話している自分が不思議で気持ち悪いとさえ感じた。
大きな目が、今までみたことないくらい感情を剥き出しにしている。
“殺サレル”
恐怖にかられ、ガタガタ震えながら座り込むを見て、悲しくて悲しくてしょうがなかった。
そこまで怖いなら、妖怪の姿に変わってすぐにでも逃げ出せばいい。
本当にばかだ。本当に。
「…人に化けていてもわかるさ。陰陽師だって言ったろ。初めからわかってた」
「じゃあ何故、こんなによくしてくれたんですか…?全部、演技ですか」
?
汗で濡れた髪を見て、ところどころ葉っぱで切れた肌に気づいた。
「演技なんかするかよ。気分だよ、気分」
適当にはぐらかして、なぜうちに来たか問うと、母が死んだと言った。の目も死んでいた。
「前に住んでいた場所に、よくしてくれる妖怪の群れがあります。母の気の済むまで京都に行きなさい。帰りたくなったらここへ来なさい、と言ってくれています。…だから、帰る前に竜二さんにちゃんとお礼がしたかったんです」
声もあげず、静かに頬をつたう涙が、たまらなく綺麗だった。乱れた着物をぎゅっと握り、気持ちを抑えているのが見受けられる。
「もう行け、。あまり遅いとうちのやつらが怪しむ。すぐに行かないと…今度は滅するぞ。それが花開院の使命だからな」
まっすぐ姿を見ることができずに言葉を捨てた。おそるおそる視線をあげると、は眉間にシワをよせ、口を力いっぱい結んでいた。涙はさらに頬を何度もつたっている。
そして、涙と同じ数だけ、ありがとう、ありがとうと繰り返した。
「生まれ変わるときがきたら、私は人間になります。竜二さんも、どうか人間に生まれ変わって下さいね」
が妖怪とわかってたことを隠していたこと、花開院に背く行動をとったこと。
オレは、間違ったことをしたのだろうか?
それから、一度も俺たちは顔を合わせていない。
「ゆら、わかってるな。オレらは陰陽師。ましてや本家の血筋だ。妖怪を見逃したりなんか絶対にしちゃいけないぞ」
「あったり前やん!妖怪は倒さなあかん敵や!」
a chronic liar
(ウソの常習犯)