私は友達によく趣味が悪いと言われる。
といってもファッションセンスとかの問題じゃなくて、男の趣味が悪いらしい。
高校の時から、マンガの好きなキャラを語れば「あんたの趣味にはついていけないわ」と大批判され、クラスの男子で誰がかっこいいかを議論しても「かっこいい要素がない」とまったく理解を示してくれなかった。
それでも私は今まで自分の趣味が悪いと思ったこともないし、私が好きになる人は見た目も中身もかっこいい人ばかりどと信じて疑わなかった。
でも最近は友達の言うことを認めざる得ないと思えてきた。
だって私は今、こんな男に惚れてしまっているのだ。
「考え事?。眉間に皺なんて寄せちゃって。はは、元々酷いのにもっと見られない顔になってるよ」
こんな男もとい折原臨也が、主に来客用であろう黒い革張りのソファーに座る私の顔を覗き込みながら失礼なことを言った。
しかしこの程度の悪口では、免疫力のついた私を揺るがすことはできない。
いや、イラッとはする。
でも傷つくなんてことはない。
そう、この男はまさに美男子といったその綺麗な顔からは想像もつかないほどの毒を吐くのだ。
以前は驚きのあまりたっぷり十秒ほど硬直したほどだったのに、今ではこの慣れっぷり。
これも順応性という素晴らしい人間の能力が備わってるおかげですね、なんて誰に語りかけるわけでもないのに、そうやって誰かに話すことで現実逃避をした。
臨也さんと初めて出会ったのは、やっぱりここ池袋だった。
臨也さんとの出会いは静雄さんとの出会いがきっかけだ。
静雄さんには、ちょっと危なさそうな若者達(全体的に黄色かった)に絡まれているところを助けてもらったことがある。それから池袋で会えば、挨拶だけのときもあれば、30分ほど缶コーヒーをお供に公園で話したりするようになった。
静雄さんはどう思っているか分からないけど、私は友達だと思っている。
そんなある日、いつものようにサンシャイン通りをふらふらしていたら、モデル顔負けのイケメンに話しかけられた。品のある満面の笑みで、知的な雰囲気を醸し出している。
「やあ、君がちゃん、かな?」
「はあ…あのどちら様ですか?」
こんな人に会ったことがあったら忘れるわけない。
私が口にした問いかけを、黒いファーコートを着たイケメンは肯定と受け取ったようで、更に笑みを深めた。
「平和島静雄って知ってるだろ?最近アイツと仲がよろしい女の子がいるって聞いたからさ。会ってみたくなってね」
本人は静雄さんの友達と言っていた。
静雄さんとは正反対の雰囲気を纏うその人は、とても友達のようには見えなかった。
でも、正反対のほうが仲良くなるって言うもんね…
決め付けるのは失礼だと思い、深く考えないようにした。
それにしても、といまだに私をにこにこと見つめてくるイケメンを見つめる。
息が詰まるほど綺麗な人だと改めて思った。声も美しい。
幼い頃にきらきらするビー玉を見たときと同じ感情が脳内を巡った。
無意識に近いところで、手に入れたく仕方ないと思ってしまった。
「ふーん、君がねえ…」
イケメンさんが品定めでもするように上から下まで何往復も眺める。
どこか馬鹿にするような目だ。
そして、今までで一番の笑顔で、しかし歪んだ笑顔で言い放った。
(そんな表情でも下品にはならず、綺麗な顔だった)
「ハハハ、思ったよりブスだなぁ」
…は?なんだコイツ。
今までのキラキラしていた気持ちが嘘のように急速に収縮していった。
いくら顔や声が美しかろうと…
性格が美しくない…!!
それからというもの、私が池袋に来ると必ず臨也さんが現れるようになった。
現れては、喫茶店や臨也さんの仕事場でお茶とともにお話を強要する。
(仕事場だと思って行ったら、私が人生で踏み入れることの無いような高級マンションで心底驚いた。)
私をからかうのが趣味になったのだろうか。
なんとも迷惑な人種だな。
でも、それをどこかで嬉しいと思っている自分も可笑しいか。
今日も今日とて、また臨也さんのマンションに連れて来られた。
臨也さんは自分で連れてきたくせにパソコンに向かっているばかりで、私はやることが無い。
仕方なく私は今日が発売日の少女漫画のビニール包装を破って、読み始めた。
甘酸っぱい青春の純愛系少女漫画。
思わずニヤけそうになる頬を噛みつつ半分ほど読み進めたところで、臨也さんがパソコンに目を向けたまま声をかけてきた。
「それ。君が読んでおもしろいの?」
「『君が』ってどういう意味ですか。失礼な。おもしろいですよ、共感できるし」
「共感ねえ…。大体さ、君に好きな人とかいるわけ?」
この人は、私が誰を想っているかなんて、どうせ全てわかっているんだろう。
わかってて言ってるんだ。本当に嫌味な性格。
臨也さんの嘲笑の混じる声に苛立ちながら「はいはい、いますよ」と投げやりに答えた。
「えっ?」
「えっ?」
臨也さんが発した短い疑問の声にこっちも同じように返してしまった。
反射的に臨也さんを見れば、キョトンとした顔をしていた。
だが、それもすぐにいつもの歪んだ笑みに変わり、いつもの皮肉が口をつく。
「…へえ、君にも恋愛感情ってあるんだ。知らなかったなあ。それって俺の知ってる奴?」
「臨也さんのよーく知ってる人ですよ」
自分で聞いたくせにパソコンの画面に目を移して、いかにも興味ありませんといった表情で「ふーん」とうわの空で呟いた。
それから、何か思いついたように画面から目を離して、やっぱりニヤリと笑って言った。
「まさかシズちゃんとか言わないよね?」
…はい!?
予想だにしない臨也さんの問いかけに否定の言葉も出てこない。
問いかけというわりには、ずいぶん断定的な響きを孕んでいたけど。
まさかこの人、本当に気づいてないの!?
絶句したまま臨也さんの顔を見つめる。
臨也さんもそんな私をさも楽しそうに観察する。
臨也さんは私が図星をさされたから絶句していると思ったのか、嬉々とした調子でしゃべり続ける。
「アハハハハ!やっぱりは面白いなあ。よりによってシズちゃんを選ぶなんてさ。本当に物好きっていうか、もはや変態に近いんじゃないの?ねえ、。あんなバケモノのどこがいいの?」
「いや、あの、そうじゃなくて…っていうかバケモノとか言わないでください」
混乱してツッコミどころを間違えた。
実際静雄さんは友達だから、そういう言い方をされるのは不愉快なのだけど。
でも、これじゃあ余計に静雄さんのことが好きみたいじゃないか!
臨也さんはひとしきり笑った後、ソファーは無駄に大きいのにわざわざ私の隣に座った。
小馬鹿にするように、いや小馬鹿にして笑う。
「ってさあ、よく趣味悪いって言われない?」
そこで何かが切れた私は、臨也さんに負けないくらいのマシンガントークで捲くし立てた。
「あぁー!!もう!!言われますよ!もうめっちゃ趣味悪いって、男見る目ないって言われますよ!自分でもそう思いますよ!だって私の好きになった人が誰だかわかりますか!?臨也さんですよ!?私が好きな人は折原臨也です!!」
いつの間にか臨也さんに馬乗りになって怒鳴っていた。
本当は胸倉をつかみたいくらだったけど、臨也さんの着てるVネックじゃ掴むところもないし、何より後が怖いからやめた。
「は?俺?…が好きなわけ?の好き…え、好き?」
臨也さんは本当に驚いたような様子で私を見上げていた。
いつもはあんなに舌が回るくせして、今は途切れ途切れに、ちょっとあやしい日本語文法で話すし、綺麗な色した目を見開いて、頬を桜色に染めて―――…
―――…桜色?
え、何!?
桜色って赤面してることだよね?
照れてるの!?あの臨也さんが!!
あの人格が破綻しまくってる最低人間の代名詞の臨也さんが照れてる!!
「ちょっと退いてよ。いつまで人の上に乗ってるつもりさ」
不機嫌そうに寄せられた眉根。
いつもなら、恐怖を感じるはずなのに、桜色の頬のせいで説得力に欠ける。
臨也さんが頬染めるなんて…か、かわいいじゃないか!!
ごめんなさいと呟いて臨也さんの上から元のソファーに腰を下ろした。
「は…俺が好きなんだよね?」
「え、うん…そうです…」
真剣な顔つきと言ったらいいのか。
とりあえずいつものニヤリとした笑みは無しに、こちらを見据えた。
いつもと違う臨也さんに私も身構えてその唇が再び動くのを待った。
「じゃあ、とりあえず一発ヤッとく?」
「死んでください、臨也さん」
殴りました。
体温急上昇→桜色